おぼろな月明かりが、あたりをうっすらと照らし出している。傍らで眠るひとが、寝入ったときのままの姿勢で小さく寝息をたてているのを見て、ほっと安堵する。
仲間の野伏達も、見張りにたてた者を除いて、安らかなひとときの眠りを貪っているのであろう、動くものとてなにひとつなく、風も全くそよともそよがず、あたりには完全な静寂が充ちていた。
眠るひとへと目を移す。次いでなにげなく前方の泉の水面へと視線を向けたハルバラドは、はっと息を呑んだ。
さざ波ひとつなく凪いだ池の水面に、まるで明るい灯がひとつだけ灯ったかのように、眩いエアレンディルの星がその姿を水面に落とし込んでいる。だが、ハルバラドの驚きはそのためではなかった。
水鏡は、そのほとりに居るハルバラドとアラゴルン二人の姿も、あますところなく映し出していた。そして、明るいひとつ星の輝きは、まごうかたなく、水面に映る、眠るアラゴルンの額の位置にとどまっていたのだ。
嗚呼、とハルバラドは声にならない嘆息を吐き出した。
ーー代々の北方王朝の王達は、王冠をかぶらずに白い宝石をひとつ、星のように額に帯びていたと云う。ミスリルの髪帯につけられた白い宝石、エレンディルミア。それこそが、北方王国の星、失われし王権の象徴。
(「Elendilmir」より抜粋)